目の前にあるのは一台のバス。
その日、ぼくたちは「ON THE TRIP」という会社を立ち上げた。
ON THE TRIP = 旅の途中 という意味だ。
なぜ、この名前にしたのか。詳しくはのちに語りたい。確かなことはひとつ。ぼくたちは、旅が好きだ。結局、行き着いたのはそこだった。暮らすように旅をするだけでなく、旅そのものを仕事にしたい。それを加速させるためにも「バスに住みたい」。ぼくたちは、その想いまで一致していた。それもそのはず、ぼくたちは『青年「ハンク」は中古のスクールバスを買って旅に出る』という記事を読んで、強い憧れを持っていたのだ。
暮らしの場としての「家」をモバイルするだけではまだ半分だ。働く場としての「オフィス」をモバイルすること。それが、仕事とプライベートの境目を必要としないぼくたちに最も必要なことだった。そして、その願いは奇跡的に届けられた。バスをゆずってくれるという方が現れたのだ。
平成エンタープライズの田倉社長。夜行バス「VIPライナー」など、400台以上のバスを抱える大企業だ。田倉さんは、ぼくたちの夢を聞いて「バスで物語を作ろうとしている若者に、バス会社が協力しなくてどうする」と言ってくださった。それも、工具やガレージだけでなく改造費までサポートしてくれるという。
さっそくぼくたちはバスをオフィスに変える工事に取りかかった。しかし、キャンピングカーはともかく、「バスオフィス」というのは前例がない。DIY経験もないぼくたちは、バスの中身を空っぽにして、床を貼ったところで行き詰まってしまった。
ベッドやキッチンはともかく、「オフィス」と言うからには大量の電力や、それを蓄えて配線するシステムが必要だ。水まわりは? 塗装は? 車検の条件は? どれもGoogleで簡単に調べられる話ではなかった。
とにかく、素人ができる限りのことはやってみよう。話はそれからだ。そうして、半年かけて作り上げたのがこのバスだ──と同時に自分たちだけでは決して完成できなかった──だからこそ、こう思った。ぼくたちが行き詰まり、田倉さんに相談したり、陸運局に確認したりしてきた内容は、いつか同じ志を持つ仲間の役に立つかもしれない。そのためにも、バスオフィスの作り方や、実際の暮らし方についてのガイドもつくりたい、と。
紹介が遅れてしまったが、ぼくたちの「ON THE TRIP」という会社は、スマホで、多言語で、オーディオで、あなたの旅をガイドするアプリを作っている。
参考:ON THE TRIP
ぼくたちがバスをオフィスにするのは、このガイドを作るためだ。ぼくたち自身が実際に旅をして、取材をする。都会のビルの蛍光灯の下で書いているのではなく、名もなき路上のランプの下で書いているような文章を。このバスの中でしか書けない熱や匂いのあるコンテンツを生んでいきたいと思っている。
Office is where we park it. ぼくたちは、いま、旅の途中にいる。